サルナスは大型ナイトクラブで、ニューヨークの北マンハッタン、サバトの勢力圏のただ中にある。元々は聖セバスチャン大聖堂という壮麗なネオゴシック様式の石造の教会だった。しかし司祭が相次いで3人も自殺したり、教会付きの牧師が男色のかどで公開裁判にかけられたり、噂に名高いかの「修道女フライタークの悪魔祓い」があったり、と忌まわしい事件が続いたため、教会は閉鎖されて市の所有物になった。1834年から1917年までは癲狂院(てんきょういん)として精神病の犯罪者を収容するのに使われていたが、ここでまたしても悲劇が襲う。劣悪になる一方の環境に耐えかねてついに凄惨きわまりない暴動が2週間にもわたって起きたのだ。事件後この建物は再び閉鎖され、やがて地元の開発業者に払い下げになった。1962年にそれを買い取ったのがマラーチ・ワーディブラチェスで、彼はこの元教会/癲狂院を改装して1967年にナイトクラブ「サルナス――星の知恵派教会」を開き成功をおさめたのである。

サルナスの店構えは堂々たるものだ。すべてが灰色の石と、ステンドグラスと、黒い鉄でできている。マラーチは教会時代から残っているステンドグラス窓をすべて修復し、それができない窓には代わりにヴェロニカ・トリストに特注で製作させたステンドグラスをはめこんだ。ヴェロニカ・トリストはトレアドール反氏族で、かのトレアドールの大聖堂「サンタ・デ・ルサルチェス」の装飾窓も手がけたことがある。建物内から見ると、ステンドグラスの美しさはぞくりとするほどだ――教会時代のまま今も残る数々の装飾窓には、イエスやマリア、聖人たちが描かれている。しかしマラーチの依頼で製作された新しい装飾窓の方は、むしろ聖書の冒涜版といった趣だ――悪魔に八つ裂きにされる天使、ガブリエルに強姦される処女マリア、無数の魂が拷問にかけられて悶え苦しむのを玉座から睥睨する勝ち誇ったルシファー……

内装はゴシック調を強く意識して統一され、あらゆる隅やアーチからガーゴイルがにらみを効かせている。目につかないよう配置された赤いスポットライトで、その石造りの顔や彫り込みが不気味な真紅に照らし出される。いくつかの通廊は夜光塗料で描かれた壁画がブラックライトで浮かび上がる仕掛けになっており、ガーゴイルの中にも睨みつける顔に暗がりでほの光る彩色を施されたものがある。おびただしい壁龕には奇妙な展示物が飾られている。瓶詰めの生首、魔術の道具、遊園地のびっくりハウスにあるような物が歪んで映る鏡、奇怪な医療器具、多種多様なセックス玩具(そのいくつかは無惨に壊されたマネキンが装着している)などである。

店内は大きく5つの区画に分かれ、狂気めいた複雑さで入り組んだ通廊とキャットウォークを通って行き来できるようになっている。さらに、それより狭いが興味を引く場所が2つ――〈控えの間〉と〈鐘塔〉がある。5つのメインエリアの中でも最も広くて賑わっているのが〈本堂〉だ。〈公会堂〉は3つのそれぞれ全く違う雰囲気をもったサブエリアに――〈狂人病棟〉、〈黒の通廊〉、〈至聖所〉である。地下にある〈癲狂院〉はほとんど独立したクラブといってもよく、〈回廊〉は「ほとぼりを冷ます」場所をふんだんに提供してくれる。最下層の〈カタコンベ〉は一般客立入禁止になっている――ここはサバトの構成員だけが必要に応じて、あるいは気が向いた時に、いつでも利用できる会員制ナイトクラブなのである。

控えの間

クラブの正面玄関、一般客が入場できる唯一の出入り口である。元の教会の拝廊(本堂入口前の広間)をそのまま生かした広々としたホールは、尖ったアーチを描く高い天井をもち、おびただしい数のキャンドルでライトアップされている。おどろおどろしい音楽が埋め込み式スピーカーから絶え間なく流れ、隠された投光器がサイケデリックな光の輪を高い天井に投げかける。ここには本堂への入口が4つある――左の側廊は〈公会堂〉に続いており、〈癲狂院〉への下り階段もこの奥にある。右の側廊をゆくと、〈本堂〉を見下ろすバルコニーへの上り階段がある。左の扉を開けると〈鐘塔〉へ登る螺旋階段があり、中央正面の入口の向こうはすぐ〈身廊〉である。正面入口をはさんで両脇に、一対の大理石像がある。片方は天使、片方はサキュバス(女淫魔)の像で、どちらも優雅で美しく、互いに両腕を相手に向かって伸ばして、愛を渇望しているような仕草をしている。この二体の石像は淡い真紅と琥珀色にライトアップされている。

本堂

ここはサルナスの中心的な場所で、教会の身廊にあたる。広々としたダンスフロアから見上げると2面の巨大なステンドグラス窓がある。1枚は教会時代から残っている敬虔な雰囲気のもの、もう1枚はヴェロニカ・トリストの冒涜的な作品である。後者には白色照明が5機、五線星形を描くように裏に配置されており、点灯するとステンドグラス窓はきらきらと輝き色鮮やかな影を〈本堂〉に投げかける。ライトがすばやく切り替えられたり脈打ったりすると、その効果はきわめてサイケデリックでくらくらするようだ。天井には照明、レーザー、鏡、プロジェクターなどが渾然一体となって取り付けられている。これらを駆使して、数々の驚異的な照明効果をダンスフロアのみならず〈本堂〉中にもたらすのである。

旧教会のステンドグラス窓の下には大きなステージが設置されているが、この場所全体が三次元的な多層構造になっている。フロアと丸天井の間には三層のキャットウォークと足場があり、フロアから階段で上がれるようになっている。バンドが演奏しているときは、これらは常に観客(特に下で踊らずにすませたいと思う人々)でぎゅう詰めになる。出演バンドはゴシックやハードコア系が多く、地元客のお気に入りは The Lords of Chaos 、Room 237、The Treatment、Burn Witch Burnなどである。

公会堂

〈本堂〉からのびるいくつかの通廊はもうひとつの広い区画に通じている。ここはかつて教会の公会堂であった場所である。今や壁は点滅するライトや、カーニバルの仮面や、蛍光塗料の螺旋模様で飾り立てられ、広々とした談話室の真ん中に孤島のごとくバーがぽつんとある。教会時代の古いベンチが談話室の壁に沿って並べられ、ある壁面には古い賛美歌集のページが壁紙代わりに使われている。ここからはさらに3つの部屋に出られる――

狂人病棟

奇怪な金属のオブジェで飾られた広いダンスフロア。狂ったように踊りまくる客たちが絶えることなく、音楽に合わせて照明があちこちで素早く閃く。テクノが定番だが、時々はヒップホップやハウスも。DJは黒い鉄格子の奥でレコードを回している。

黒の通廊

〈公会堂〉から続く一本の黒い通廊は一種の迷路になっている――床も壁も天井も艶消しの黒で塗りつぶされている。通路を半ば塞ぐようにして精神病院時代の古いベッドが積み重なっている。それらの黒と銀の金属の骨組みが様々な角度に突き出している様が、さながら都会のジャングルといった光景を創りだしている。この迷路は事実上マリファナを吸う人々の溜まり場となっている。時折、眩く白いストロボライトが閃き、一瞬光のタトゥーを迷路じゅうに焼きつけ、大音量で鳴り響くインダストリアル系のBGMが場の雰囲気を支配する。床の通風口に隠されたフォグ・マシーンは時々渦巻く白い霧を吐き出し、それが床に拡がって両側の壁に這い上がる。迷路の突き当たりにある階段を下りると〈癲狂院〉と〈回廊〉に出る。

至聖所

〈公会堂〉から螺旋階段を下って入れるようになっている。しかし、この階段には常に用心棒が一人立っている――クラブの支配人は〈至聖所〉をあまり混雑した騒がしい場所にしたくないという意向なのだ。ここはコーヒーバーで、内装をH. R. ギーガーが手がけている。『バイオメカニカル』をテーマに、ギーガーの作品や彫刻が壁にずらりと並んでいる。ここの定番BGMはジャーマン・エクスペリメンタル(タンジェリン・ドリーム、クラフトワーク、アインシュトゥルエルツェンデ・ノイバウテンのもっと甘ったるく奇怪な曲など。たまに気分を変えるために日本音楽を流したりもする)。ありとあらゆる種類のコーヒーを楽しむことができ、酒やドラッグとのオリジナルブレンドメニューも多数。ドラッグ入りのものはメニューに記載されておらず、常連客だけが特別な『ブラック・ライト・メニュー』を通じて注文できる。大抵の場合これらを頼むのはサバトのヴァンパイアで、餌食を好みのドラッグで酔わせてから、〈回廊〉や〈地下墓所〉でその血を飲むのである。この店でしか味わえない人気ブレンドが『狂えるアラブ人』で、トルココーヒーにDMT喫煙用のパイプを添えたもの。他にはシロシビンを垂らしたアイスカフェラテ『ユゴス星のカビ』、THCを加えたコロンビア豆のブラックコーヒー『輝くトラペゾヘドロン』、ミスカトニック大学のコーヒーマグで供される阿片チンキ入り『アーミテジ教授』などがある。

〈至聖所〉のドアの1つは直接地上に通じているが、その鍵を持つのを許されているのは一部の上得意客だけだ。特別な夜には、〈至聖所〉はこのドア以外からは出入り禁止になることがある。著名なアーチストやサバトの要人をもてなすのにしばしば使われている。

癲狂院

サルナスの最下層で、ほとんど独立した別個のナイトクラブのようになっている。大きく広々としており、壁はかつてここで暴動を起こした狂人らの殴り書きでびっしり埋め尽くされている。それら気違いじみた未完の罵詈雑言が主な装飾となっており、ガラスケースに陳列されている彫刻や手作りの工芸品も昔の入院患者が製作したものである。バーには一面に『狂人』が著した有名な文学書のページが貼りつけてある――マルキ・ド・サド、ザッヘル=マゾッホ、ボードレール、フィネガンズ・ウェイクなど。

〈癲狂院〉はゴス・バー兼クラブである。ダンスフロアの床と壁は艶消しの黒に塗られ、使われる照明は氷のような白色光のみ。黒と白のレース地のカーテンが鍾乳石のように天井から垂れ下がり、バーの傍の壁龕には実物大の『サンドマン』の像が据えられている。教会時代の聖セバスチャンの代理石像も同じくここに安置されており、両脇に何本も矢が刺さった姿で嘆かわしげにダンスフロアを眺めわたしている。フロアの傍には数台のテーブルが置けるスペースがあるが、バンドが演奏する時はテーブルを片づけられるようになっている。メインテーブルはいずれも古い教会のベンチから作られ、バーの背後の広いスペースに設置されている。化粧室は広く男女共用で、店員はぴったりした黒レザーで体も顔も覆っていて男か女かも識別できないほどである。最近では「チン無し(ギンプ)」と呼ばれているようだ。

ここには〈回廊〉への下り階段と、〈控えの間〉へ戻る上り階段がある。

回廊

〈癲狂院〉から階段を下りるとそこは一種の迷宮である――教会時代と精神病院時代に、執務室や倉庫として使われていた古い部屋べやだ。現在これらの部屋はほぼ完全な暗闇に保たれており、照明はもっぱらキャンドルだけだ。施錠されたまま開かずの間になっている部屋もあれば、開け放しになっている部屋もある。古い調度が点々と光景を彩り、単調に流れるトランス、アンビエント、ダブがBGMだ。ここの部屋の用途はもっぱら薬物乱用、セックス、そして言うまでもないことだが、吸血行為である。上り階段が〈黒の通廊〉、〈癲狂院〉、〈鐘塔〉へ続いている。いくつかの部屋には隠しパネルや秘密の扉があるが、その存在はサバトしか知らない。そうしたものの一つが〈カタコンベ〉に通じている。

鐘塔

元々は教会の鐘つき塔である。小さな建物だが、美しいステンドグラス窓が数枚と非常に見事な十字架像がある。ここにマラーチはいくつかのブースを設けて記念グッズを販売するようにした。このクラブのロゴが入ったオリジナルデザインの、シャツ数種、ポスター、アクセサリーなどが並べられている。H. P. ラヴクラフトの小説や関連書籍も常時品揃えを充実させており、なかでも売れ筋は(もちろん)『サルナスをみまった災厄』と『闇に這う者』である。地元のアーティストの得意客の作品がここのブースで販売されることも多い。たいてい、そういう得意客は画家や、宝石職人や、ファッションデザイナーである。〈身廊〉でバンドの演奏がある時は、そのバンドのCDや関連グッズがここで売り出されることもある。

サバトの一部には、クラブ特製Tシャツを売るなどというのは俗悪だという見方もあるが、マラーチはただ笑い飛ばすだけだ。彼がとりわけお気に入りなのは前側に教会の幽霊じみたシルエット、背中にトリストのステンドグラス窓をプリントした黒いTシャツで、『サルナス――星の知恵派教会』というロゴが夜光塗料で書いてあるものだ。

カタコンベ

このクラブの最下層にあり、サバトの構成員だけが出入りできる。各部屋はダンスフロアを中心に花びらのように配置されている。禍々しい闇と邪悪の雰囲気が漂っている。階上のフロアが冷厳たる悪のイメージを演劇的に、ナイトクラブとして模倣したにすぎないとすれば、その原型がここ〈カタコンベ〉にある。松明と蝋燭に照らされてダンスフロアの中央にたたずむのは、一体の美しい天使の石像である。

ここにはおよそありとあらゆる類の部屋がある――クッションが置いてあるだけの休憩室でヴァンパイアが“お人形(Blood Doll)”から血を飲んでいるかと思えば、重厚な木と真鍮の調度をしつらえた居間でサバトの長老たちが紅茶と戦略について会話を交わしていたりもする。

〈カタコンベ〉には秘密の出入り口、サバトの大聖堂に通じる魔法の門が存在する。移送の魔法を発動させる秘儀を知るのは、ツィミーシィの長老達のみである。

オリジナルテキストSarnath in New York
出典サイトTal'Mahe'Ra WoD Multi-WoD Campaigns
原著者Allen B. Ruch
翻訳Professor