訳者まえがき
当テキストは、V:tMのヴァンパイアを演じる上で興味深い問題点を含んでいますが、著者が展開する「科学的」理論にはあきらかに事実にそぐわない部分が存在します。訳者書き下ろしの『リアル・ヴァンパイア2論駁』を併せてお読みいただければ幸いです。

筆者が最近参加したいくつかの討論の結果、ヴァンパイアに関するさらなる真実が明るみに出た。ここで皆さんにもご紹介しよう。

ヴァンパイアは煙草を吸えるのか?

火に関する問題を無視して言えば、結論は――吸える者もおり、吸えない者もいるが、ほとんどはあえてそんなことをしない、ということだ。

Blood Pointを消費して人間らしい特徴を偽装すると、効果はそのシーンが終わるまで続く(毎ターン消費する必要はない)。煙草一本吸い終わるのに充分なターン数はあるだろう。

ただしWhite Wolf社の公式ルールには「Pathの途上である(つまり、サバト(Sabbat)の)ヴァンパイアは血を消費して人間らしさを装うことができない」と記されている(それに――サバトのヴァンパイアはすでに表面だけのお飾り的な人間性を捨て去っている以上――たとえ偽装できるとしてもあえてしたがらないだろう)。だから、サバトのヴァンパイアがくわえ煙草でくつろいでいる姿は、たしかに想像すると格好いいが――まずありそうにない光景でもあるのだ。

なぜヴァンパイアは呼吸するのに血液を消費しなければならないのかという理由をはっきりさせておいたほうがいいだろう。件の討論でBenediraが指摘したことだが、ヴァンパイアの肉体はすでに死んでいるから、肺(空気袋)も萎縮して干からびてしまっている。一時的に肺組織を蘇生させ、肺が柔軟に伸び縮みして呼吸に使える状態に戻すために、血が必要になるのだ。

ここで、ヴァンパイアがふだん呼吸しないのなら、声をどうやって出しているのか、というごく素朴な疑問が生じてくる。ある人の意見によれば、呼吸は単純な筋肉運動であり、ヴァンパイアは筋肉を人間だったときと同じに動かすことができるだろうから、呼吸ぐらい簡単にできるのではないかと言う。しかしながら、この仮説はいま論じている問題にはあてはまらないのだ。

なるほど声帯を通して息を押し出すことなく声を出すというか、声らしき音を発することは可能だが、これではヴァンパイアがどのような手段で会話しているのかという答えにはなるまい。ヴァンパイアが声帯の隙間から空気を出し入れするのは、呼吸とは関係ない自然現象によるものなのだ。古代人が言うように『自然は真空を嫌う』から、真空の領域にはつねに空気が流れ込んで気圧を均等に保とうとする。ヴァンパイアが空気を吸ったり吐いたりしないということはつまり、むしろ人間よりも長いあいだ息も継がずに喋りつづけられるわけだ。考えてもみるといい――息が切れる寸前に声が小さくなったりするだろうか? 声が途切れたからといって息を吸いこみ直したりするだろうか? 肺が身体の他の部分に送る酸素を要求するために、話の自然な流れが途中でとぎれたりすることは本当にあるだろうか。実際に試してみればわかる――人間は息が切れて息継ぎをする直前まで、同じ声量と抑揚を保ちつづけることができるのだ。

なぜこのようなことができるのかというと、声は声帯を通過する空気が振動して生じる響きを口と舌で制御することで生じるからだ――たんに声帯の隙間から呼吸するだけでは声は出ないのである。ヴァンパイアが声を出すと、やはり少量の空気が口から漏れる――これは事実だ――だが、口から発する声の振動は大気中を伝達されるのであって、空気と一緒に出てくるのではない。このとき消費されるぐらいの空気は、鼻腔から流れ込むぶんで補われる――ヴァンパイアが呼吸をしない以上、この現象が起こらないわけがない――空気が漏れたぶん低下した肺の中の気圧は、こうして外部と等しく保たれるのである。知ってのとおり自然は真空を忌み嫌うから――ヴァンパイアが発声に使う部位(口腔、鼻腔、喉、胃)には常に一定量の空気が入っているわけだ(ここで面白い仮説が立つ――慌て者のヴァンパイアが血をがぶ飲みすると、げっぷする。喉や胃に閉じこめられた空気が、流れ込んだ血の表面に泡になって上がってきて、気道から出ていこうとするからだ)。

ところで――わざわざ仮定するまでもないことだが、ヴァンパイアは姿勢を変えたり、歩いたり、表情をつくったり、その他およそありとあらゆる筋肉の動かし方に習熟している。少なくともその方法を心得ているように見える――実はこれが落とし穴なのだ。ヴァンパイアの体組織は死んでおり、筋肉もまた例外ではない――人間と同じ仕組みで機能しているという考えにとかく我々はとびつきがちだが。

ヴァンパイアの筋肉細胞は死んでいるから、膨張も収縮もしない。従って、それ自体は運動するのになんの役にも立たないはずだ。

では、ヴァンパイアはどうして動けるのだろう?

答えは植物の世界にある――『浸透圧』だ。植物もまた毎日動き、ねじれ、曲がるが、それは筋肉の働きによるものではなく、組織の各部の細胞や導管内の体液量を変化させることで実現しているのだ。おそらくヴァンパイアも、体組織内の血液に対して同じような調整を無意識にほどこすことができるのだろう。筋肉から血液を流れ出させれば、その筋肉は収縮する(死体が脱水して乾燥した場合に筋肉が収縮して起きる死後硬直と同じ現象だ)。反対に筋肉に血液を集中させれば、細胞が湿って膨張するというわけである。この理論は、心臓に杭を打たれたヴァンパイアが全身麻痺するという事実を裏付けする――心臓は全身の浸透圧の制御中枢でありヴァンパイアの魔力の源であるために、白木の杭を打ち込むことでその機能を停止させてしまえば、ヴァンパイアは血液を移動させることができなくなるのだ。従って、もしこの説が正しければ、杭を打たれたヴァンパイアは意識を失わず身体だけが動かなくなるはずであり、また、そもそも彼らが動き回れるのはひとえに体内の血のおかげというしかない。

それにしても、血液がヴァンパイアの体内で人間の体組織のあらゆる機能をいかにして代行しているかを理論化してみるのは面白い。ヴァンパイアのウィタエは神経の代わりとなり、移動手段となり、彼らの存在そのものを維持する物質ともなっているのだ。死んだ人間の身体は、それがないと形を維持できない一種の魔法生物が、申し訳程度に借りている器のようなものなのだろう。ヴァンパイアが血が欠乏すると休眠(Torpor)に入る理由も、これで説明できるかもしれない。そうすればヴァンパイアは人間なら重要臓器に当たる部位を損傷しても、その部分を構成する組織が壊れる以上の影響をうけないわけもわかる。銃弾が脳を貫通した場合、ヴァンパイアなら単に頭に小さな穴が開いただけですむが、人間なら命が助かっただけでも奇跡といわねばなるまい。もしヴァンパイアの意識活動がウィタエの中で行なわれているとすれば、頭部損傷をものともしないのも少しは納得できる。この理論は、何故ヴァンパイアはディサプリン(Discipline)でたやすく自分の身体の形状を変えたり、別の物質に変質させたり、大地に溶け込ませたりできるのかという疑問をも説明してくれる。ヴァンパイアの能力で形態に依存しているものは何一つないのだ――血は彼らの全身に浸透しており、従って精神や、霊魂や、魔力もおなじく全身に満ちているのだ。したがって、肉体は意のままに変容させることができ、しかもヴァンパイアの精神活動をまったく阻害することがないのである。

オリジナルテキストVampire Facts
出典サイト"Sanguinus Curae"
原著者Belladonna
翻訳Professor