リアル・ヴァンパイア2論駁 | ||
著者まえがき
当テキストは、Professorが『リアル・ヴァンパイア2』に含まれる理論の誤りを、乏しい音声学と医学の知識を動員して、可能な限り訂正しようと試みたものです。『リアル・ヴァンパイア2(以下RV2と略)』を先にお読みいただければ幸いです。
ヴァンパイアは『アヴェ・マリア』を息継ぎなしで歌えるか?
ヴァンパイアの肉体はすでに死んでいるから、肺(空気袋)も萎縮して干からびてしまっている。一時的に肺組織を蘇生させ、肺が柔軟に伸び縮みして呼吸に使える状態に戻すために、血が必要になる。
と、RV2では説明されている。しかし、このようなことは起こりえないのだ。
通常の言語音は体外に出される息によって発音される「呼気音」である(吸い込まれる息により発音される「吸気音」というのもあるが、特殊なのでさておく)。RV2の著者が指摘する通り、呼吸と発声のための吐気はたしかに別物なのだが、しかし基本的に声を出すためには意識的に息を吐き出さねばならない。そして、息を吐くには肺を縮小させて中の空気を絞り出す必要がある。このとき使用されるのは、呼吸時とおなじ肋間筋と横隔膜だ。みぞおちのあたりに手を置いて歌ってみるとよく判る。
肺が萎縮して干からびているとすれば、とても大声は出せない。瀕死の病人みたいな掠れた声で、しょっちゅう息継ぎするはめになるだろう。だからヴァンパイアは呼吸こそ不要でも、まともに声を出せる以上、呼吸器系は生前と同様の柔軟さを維持していなければおかしい。
息継ぎ、と書いた。呼吸不要のヴァンパイアになぜ息継ぎが必要なのかと首を傾げるむきもあるかと思う。RV2では、ヴァンパイアは息継ぎなしでも人間よりずっと長く喋り続けられるという。
ヴァンパイアが声を出すと、やはり少量の空気が口から漏れる――これは事実だ――だが、(中略)このとき消費されるぐらいの空気は、鼻腔から流れ込むぶんで補われる――ヴァンパイアが呼吸をしない以上、この現象が起こらないわけがない――空気が漏れたぶん低下した肺の中の気圧は、こうして外部と等しく保たれるのである。
この説は簡単に反証できる。口から息を吐くと同時に鼻から息を吸えるかどうか、実験してみるといい。息を吐き続けているあいだは、鼻から空気は入ってこないだろう。なぜなら、肋間筋が収縮し肺を押し縮めて空気を絞り出している間、肺の中の気圧は一定だからだ。空気は常に気圧の高いところから低いところに移動するから、息を吐くのをやめないかぎりは、肺の気圧が外気より高く保たれている。だから、いくら鼻腔に空気が入っていようが、喋り続けているかぎり、肺に空気は供給されるはずもない。そして、肺に貯蔵できる空気の量は有限である。ヴァンパイアといえども会話に息継ぎは必要なのだ。
このようにヴァンパイアも普段から呼吸器系を活用しているとすれば、人間らしく呼吸しているように見せかけるのにブラッド・ポイント(Blood Point)は必要ないのだろうか?
答えは否だ。我々人間は、自律神経のおかげで特に意識しなくとも一定サイクルで呼吸を続けている。自律神経は内臓・血管・腺などの機能を自動的に調節する神経系だ。つまり、生理学的に「死んでいる」ヴァンパイアにとって機能させる必要がない。自律神経は身体の他の組織同様、ふだんは死んで萎縮していると考えていいだろう。人間らしく無意識に呼吸するためには、貴重なウィタエを消費して自律神経を一時的に蘇生させる必要があるのだ。もちろんそれでなくとも意識的に息を吸ったり吐いたりはできるだろうが、ヨガの行者でもあるまいに、四六時中意識的に呼吸に気を配ることは困難だろう。
自律神経が機能しないことで起こる現象は、自発呼吸の停止ばかりではない。まばたき、くしゃみ、しゃっくり、あくび、咳、鳥肌、じつに様々な生理現象が、ヴァンパイアの場合、意識して再現しないかぎりまったく起こらないことになる。
想像してみるといい。夜にしか会ったことのない友人が、何かに熱中すると2、3分は平気で瞬きせずに物を凝視している様子を。全くまばたきしないというのは、たとえそのことに気づかなくても、かなりの違和感を与えるはずだ。あくびして眠いなあとこぼしたこともなければ、トイレに立つのは化粧直しの時だけ、どんなに暑い日でも汗一つかかず、寒い日にストーブをつけずに着替えをしても鳥肌もたたない、そんな恋人がいたら、どこかおかしいんじゃないかと思わない方が変だ。
ヴァンパイアが人間のふりをするのは簡単なことではない事実を、われわれは肝に銘じておくべきだろう。
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