自活ノススメ ワーウルフのための都市生活読本 |
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『いや、我々はゲット・オブ・フェンリスの狂戦士ではない。モンタナから来た歯ブラシのセールスマンだ』
――あるリプレイより
『我々はガルゥ、ガイアの守護者だ。ワームと戦い、世界を破壊と汚染の魔手から解放することに身を捧げている。それは我らの使命、聖なる義務――生きる目的そのものである。いかなるものも我々の任務の遂行を妨げることは許されない。そこでもう一度聞きたいのだが、〈敵を引き裂く者〉ことレンダー・オブ・フォーよ――なぜ今月はガス代を払わなかったんだね?』
ガルゥとして生活するのは楽じゃない。
ガイアと人類を滅亡から守るため牙と爪で戦わねばならないというだけでも過酷な話だが、本当に嫌なのは、どれほど人類や世界に尽くしたとしても、人間社会では全く認められないことだ。人々はあなたのことを(実際はどうあれ)危険で暴力的な人格異常の社会不適合者だと思うだろうし、ワームと戦っているからといって免税や保険や年金がもらえるわけじゃない。つまりあなたは、世界を守るのと同時に、税金を払い、生活費を稼ぎ、ゆくゆくは(たぶん)家族を養わねばならないのだ。
いやはや。あなたは世界最悪級の思春期をのりきり、「ガイアを救う」という天文学的な重さの責任を負わされ、そのうえ土曜日には六時に起きてスーパーに働きにいかねばならない。どんなにストレスが溜まろうとも。
ガルゥとして生活するのは楽じゃない。
さて、若くて元気な盛りのあなたは、今すぐ飛び出していってワームの悪魔どもをぶちのめしたいとうずうずしているようだ。しかし、社会保障局はあなたが真面目に職を探す気があるのかどうか疑い始めているし、両親は「私たちはおまえを一生養ってあげることはできないのよ」とか「そろそろ独り立ちしてもいい頃だろう」とか言い出すだろう。あるいは、最悪の場合「おまえのような奴を何というか知ってるか? ごくつぶしめ!」これはまずい。これは憂慮すべき事態だ。あなたはいやがおうにも自分の二本(四本?)の足で立たねばならない時期にさしかかっているのである。それに、実家で暮らすのに不都合を感じてもいるはずだ。満月で気がたっている時に家族に小言をいわれたいとは思うまい? まして一晩中外をほっつき歩いたり、全身臭くて黒くて汚い血にまみれて帰ってきた時――さあ母親に何と言い訳しよう?
まず何よりも先に、住む場所を見つけることだ。住所不定では職にもつけない。それから働き口も必要になる。この家探しと仕事探しという絶望的に報われない作業は、ティーンエイジャー―いまどきは「ヤングアダルト」というらしいが―の頭を悩ませてきた。急いで親元を離れる必要がなく、時々衝動的に物を壊す性癖もない普通の人間でさえそうなのだ。ましてガルゥの若者にとっては、これはもう悪夢である。
そういうわけで、手始めは家探しだ。とは言っても決して簡単ではないし、ワーウルフであるということが事態をますます面倒にする。最も幸運なのは、あなたはまだ家族と同居していて、家族の誰かがガルゥである場合だ。逆に最も不運な場合、1) ブラック・スパイラル・ダンサーが両親を殺して実家を焼き払ったか、2) あなたが最初に狂獣化(Frenzy)を起こしたとき両親を殺してしまったか、であなたは現在路頭に迷っていることだろう。これらほど極端ではない中間のケースとしては、とりあえず住む場所はあるものの、同居の両親はガルゥのことなど何一つ知らないし、当の自分は一人暮らしをした経験がまったくない、という場合が挙げられる。
これだけは覚えておいてほしい――誰であれガルゥ以外の者と同居するのは非常に危険だ。現実的に考えてみよう。あなたはいつ追われる身になるか判らないのだ。そんな事態が起きた時、愛する者を巻き込みたいとは思わないだろう。いずれにしろ、ガルゥ暮らしの辛いところで、愛する者と一緒に過ごす時間の余裕はさしてない。だから、このさい恋人と同棲しようなんて考えは捨てた方がいい。彼ないし彼女が自分の稼ぎで養ってくれると言ってもだ。たしかに、悪い暮らしじゃない――贅沢は無理としても、それなりの生活はできるだろう――だが他人をあてにして生計を立てるのはトラブルの元だ。いつ〈呪い〉があなたと恋人の仲を引き裂くかも知れないし、そうすればすべてはおじゃんだ。
こうした事情を含め諸々の理由から、若いガルゥのパックが一軒の家に同居するということはごく一般的に行われている。これはいくつかの点で非常に評価できるやり方だ。まず何といっても、その家に住んでいる者は全員、まがりなりにも自分で自分の面倒は見られるわけだし、ややこしい言い訳も必要ない。また、お互いに助け合って暮らすことでパックの結束を深めるという効用もある。それに経済面だけ見ても生活費をワリカンできるぶんお得だ。ただしパック内でいさかいが起きると、このような生活形態は雰囲気をますます険悪にするし、満月の晩にみんなが興奮のあまり家を崩壊させる可能性がなくもない。
もちろんこれ以外の選択もある。たとえば、たいていの氏族には一族の者が共同で使えるような建物があるし、部族が所有する隠れ家というものも、数は少ないがあちこちにある(言うまでもなくレッド・タロン族は別だ)。いっそ渡り労働者になるという手もある。やはり種々の困難はつきまとうが、同じ町にしがみついてあくせくするよりはと、あえてこういう生活を選ぶ者も一部に存在する。それから、浮浪者になる道がある。ボーン・ノーア族ならごく一般的な選択だろう――まあ他に選択の余地がないのかもしれないが。これまた最低限の暮らしを立てるまでに色々と課題はあるが、問題の性質が異なってくるのでここでは割愛する。たしかに、重犯罪等で追われる身だったりして、定住したくともできないという場合もあるだろうが、そうでなければ、まず自分の家を確保するところから始めたほうがいい。
もっとも人によってはそれほど苦労しなくてすむかもしれない。利子や地代など、いわゆる不労所得で生活していける恵まれたケースもある。この場合はまったく何の問題もないが、一つだけ心にとめておいてほしい。守銭奴になってはいけない。日々のパンにも困っているパック仲間を思いやりなさい。貪欲は〈魂を蝕むもの Eater-of-Souls〉の道だ。もしできるなら、部族の隠れ家なり氏族の共用施設なりの維持費を援助するべきだろう。まあ、これは理想論というもので、私の知る限り、このせちがらい世間では裕福なガルゥの半分以上がパック仲間といえどもきっちり家賃を取りたてる方針をとっているようだ。
いずれにしろ、自分の家を持たず、根無し草になりたくもなければ、借家やアパートを借りることになる。部屋探しに関しては、不動産を買う時とと同じことわざがあてはまる。「一に場所、二に場所、三に場所」である。できれば閑静な地区の物件が好ましい。隣近所が老人の家ならなおさら良い。年寄りは夜は早く寝るし、「不良の若者たち」が夜遅くや朝早く出入りする物音を聞いたとしても、あえて窓から見てみようとは思わないものだからだ。共通点を持たなければ、つきあわずにすむ。それがお互いのためだ。近所の人々と親しくなるのは避けること。――これまたガルゥ人生の悲しい真実で、ガルゥはガルゥでない者とはうまくやっていけないものなのだ。人づきあいはご近所とは無関係なところに限ること。そして、これは言うまでもないだろうが、他人を家に送っていくのはいいが、自分の家に連れて帰るのは絶対にいけない。
さて、一に場所ときたら、二には……場所だ(笑)。郊外の物件は高くつく傾向があるが、できるかぎり都心は避けなければならない。ガルゥにとって都市の中心部に住むほど悲惨なことはない(グラス・ウォーカーやボーン・ノーアでない限りは)。日々うっとうしい壁に囲まれ、騒音と悪臭に耐え、ひしめくビルの隙間で肩身を狭くし、ごったがえす人ごみをかきわけて歩かねばならないのだから。できれば、近くに緑の多い場所に住むことだ。自然が多ければ多いほど良い。今はそれほど「自然に帰りたい」と思わないかも知れないが、本当にすぐ、街なかが窮屈に感じるようになる。賭けてもいい。
一に場所、二に場所、そして三には……場所だ(ガーン)。都会を遠く離れた山奥に丸太小屋なんかを建ててパックで住んだらこの上なくすばらしいだろうと思うかもしれないが、早まってはいけない。通勤の便というものを考慮すべきだし、なによりガルゥとして役に立つことができる場所に住むことが大切だ。なるほど山奥で狼の群れを見守って暮らすというのは優雅な生活ではあるが、人里離れた奥地にひっこんで戦いに出てこないとなれば、他のガルゥから奇人扱いされ、良からぬことをしているのではないかと怪しまれだすことうけあいである。
さて、住む場所ができたとなると、家賃を払わねばならない。入居までに職が見つかれば理想的だが、就職難の昨今ではもう少し長く探すことになるかもしれない。どんな仕事を選ぶべきか少し考えてみよう。家賃が払えれば何でもいいという向きもあるだろうが、普通の人間みたいに1日8時間くだらない仕事をして家に帰り8時間寝るという生活は、ガルゥである以上、まず不可能だ。今の仕事にうんざりしている人は、この際、嫌いな上司の口にそいつの回転椅子を押し込んで辞表を叩きつけてはどうだろう。
必要なのは、好きでできる仕事か、せめてストレスのたまらない仕事だ。それも駄目なら少しでもストレスの少ないところを探すこと。今の仕事が続けられるならそれに越したことはないが、ガルゥとしての生活にあまり支障をきたすようなら転職を考えた方がいいだろう。ここで少し耳の痛いことを言わねばならない。大学新卒者が入るような「一流会社」に就職するのは非常に難しい。ましてガルゥになった時点で大学生にもなっていない人は多いはずだ。だから、給料よりストレスの少ない職場を探すことだ。
もし根気があれば、荷役作業がお勧めだ。単純な肉体労働は退屈かもしれないが、仕事のリズムを覚えてくると時間が経つのが早く感じられるようになる。客相手に神経をすり減らさなくていいし、この手の職場はたいてい友好的な雰囲気がある。これも重要なことだ。ガルゥが職場の同僚に本気で腹を立てるようなことがあれば、たちまち悲惨な事態になるだろうから。それに、世界を救う戦士としては、働きながら体に筋肉をつけることは決して損にならないはずだ。
パックによっては、仕事でも一緒に組んで働く約束をしているところもある。これはなかなか良い考えで、自分たちで商売を始めるような場合にはうまくいく。唯一の問題は、ガルゥが直接、一般人とかかわらざるをえない(親切なキンフォークが間に入ってくれない限り)ことだ。ガルゥが客商売をするのは2つの理由で勧められない。まず、〈呪い〉がいつ誰にふりかかるか判らない。それに、客というものは自分は常に正しいと思いこんでおり、たとえ五体満足でいたければ引き下がった方がいいような場合でも、自分の都合を押し通そうとするものだからだ。従って、小売業やサービス業には就職しないのが無難である。背広を着たウスノロが、こんな冷めたスープを出しておいてチップをもらえるなんて思ってないよな、と抜かす時ほど、ガルゥが〈掟の歌〉の「人肉を喰らってはならない」というくだりを忘れて牙をむきたくなることはない。
私が思うに、郵便配達人などはガルゥにうってつけだ。
おかしなことを言うなって? 今これを読んでいる人はおそらく「ストレスがないどころか、郵便配達人がときどき頭がおかしくなって人殺しをすることは誰でも知っているじゃないか」と思っているだろう。しかし、それは誤りだ。たしかにそういうことをする郵便配達人も何人かはいるだろうが、原因はたいてい郵便配達という仕事以外のところにある。ご存じのように、郵便配達は基本的に同じことを繰り返す孤独な作業なので、精神分裂病気味の人間にとってはおあつらえ向きの職業になっているのだ。
笑いたければ笑うがいい。しかし、ガルゥが職につく上で抱える問題は、精神分裂病者のそれと共通する部分が多いのだ。それに、あまり神経をすり減らさずにすみ、決まった作業さえこなせば人の相手をする必要はない職業というのは、まさにガルゥが求めているものにぴったりではないか。おまけに、短時間で済む仕事だから、ワームと戦う時間はたっぷり残る。睡眠や遊びの時間もちゃんと確保できる。それに、ガルゥにとって郵便配達の何を心配することがある? まさか犬に噛みつかれるとでも?
もちろん、これを読んでどうするかは読者の自由だ。自分の人生は自分の好きにすればいい。ただ、無視だけはしないでほしい。私は、若いガルゥが人間社会でいかに評価されないかを悟って惨めな思いをするのをたくさん見てきた。しかし、我々ガルゥはスーパーヒーローでも何でもないのだ。我々は人を殺す。どんな人間も決して真に理解できない理由から人を殺す。「善人」にはなれない。だから、せめて目立たないように、波風を立てないようにする必要がある。腰を落ち着け、定職について、お呼びがかかるまではごく普通の人間として暮らすのだ。ごく初期の『バットマン』のように――ただし、流血はあるし、報酬はないけれど。
オリジナルテキスト | Mant's Lair - World of Darkness Storyteller Resorces |
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原著者 | Luke Slater |
翻訳 | Professor |
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