君主小論 | ||
この論文は、先日殺害されたサウスカロライナ州チャールストン市のプリンスの、血まみれの寝所から発見されたものである。筆者は殺されたプリンスの祖であった、ドイツのフランクフルトのプリンスと思われる。有益な読み物と考え、ここに公開する。
プリンスは〈餌の群れ Herd〉を持つべきだ。それが最も賢明である。なにか病気が発生しても蔓延しにくいし、必要なときに手早く食餌するのが簡単になる。
私の経験からいえば、〈餌の群れ〉を作る最良の方法は、自分の身辺に若い娘なり少年なりを大勢はべらせておいて、ベットで情熱的な交わりの最中に血を飲むことだ。軽く歯を立てる行為は、変態とみる向きもあるし、ごく普通のことと思う者もいるが、おおむね性愛の技術の一種として人間に認知されている。ヴァンパイアの〈口づけ〉は、どんな激しい性行為もかなわない純粋な快楽をもたらす。人間たちはじきにその感覚に病みつきになるか、少なくとも大いに好むようになるはずだ。そうなればベッドに連れ込むのもいっそう簡単になる。
血を飲むときは欲張らず、活動を続けるのに必要最低限の量にとどめることだ。いざという時の蓄えとなりうる人間たちに無用の負担を強いてはいけない。失血によって生じる疲労感や頭痛は、前夜の性行為や飲酒の結果として容易にごまかすことができる。
〈餌の群れ〉を持つようになると、おそらく普段はお気に入りの何人かで食餌(Feeding)を済ませるようになるだろうが、〈群れ〉とは別に、食餌をさせてくれる人間を二、三人ほど、常時確保しておくことを忘れてはならない。いつなんどき緊急事態が起きて血を手早く補給する必要が生じるとも限らないし、最悪、敵に〈餌の群れ〉を全滅させられた時の保険にもなる。
子供の遊びに「お山の王様」というものがある。一人が「王様」になって土山の頂上を守るのだが、他の子供はそれを突き落として自分が王様になろうとする。プリンスもまた、権力の座についた以上、いずれは自分を突き落とそうとする誰かに狙われる運命にある。
戦いの技術を学ぶことは、生き残る術を学ぶことだ。〈肉砦 Fortitude〉ぐらいは身につけておくべきである。〈鬼速 Cerelity〉を修得するのも良い。〈剛力 Potence〉も役に立つ。銃器も結構だが、相手を休眠(Torpor)状態になるまで打ちのめそうと、〈剛力〉の使い手が振り下ろす、棍棒やバットほど破壊力のあるものはそうそうない。
とはいえ、最もスマートな方法は〈変幻 Protean〉を学んで鉤爪を生やせるようになることだろう。何といっても、敵を排除するのに再生不能(aggravated)ダメージを与えるほど有効な手段はほかにないからだ。
事態が悪化し、すべてががらがらと音を立てて崩壊してゆく。あるいは、どう見ても自分よりはるかに強力な相手を敵に回してしまった。そういう場合には、最悪の事態に備えなければならない。
いかなる時も、たとえ自分の寝所(Haven)にいようとも、脱出口を確保し、秘密の隠れ家への逃走手段を用意しておくべきである。偽の身分証明書一式を揃えておけば役に立つことも多い。こういう事態では〈変幻 Protean〉が使えると便利だ。〈獣のねぐら Earth Meld〉や〈霧変化 Mist Form〉のおかげで命拾いし、反撃の機会をつかんだキンドレッドは数多い。
司法官(Justicer)たちがうろうろしていて、かつて彼らにちょっかいを出して不愉快な目に遭ったというのでもなければ、たとえ領地を追われても、あなたは生きている限りプリンスでありつづける。名目だけの地位といえども。他の都市のプリンスは、あなたを亡命中といえどもプリンスと認めるだろう。そうしなければ、彼らとて街を追われた瞬間にプリンスの地位を失うことになるのだから。
決して、一人では誰にも会ってはいけない。暗殺、杭打ち、〈血の呪縛 Blood Bond〉の強制などは、プリンスの側に誰もいない時を狙って行われるものだからだ。くれぐれも敵にそのような隙を見せてはならない。常に誰かがプリンスの側にいれば、プリンスの勢力は増していると思われるだろう。それに、たいていのキンドレッドは、他人が見ているというだけで、プリンスに対し暴力的な行動に出るのをためらうものだ。完全に一人きりになるよりは敵の集団に囲まれていた方がましと言ってもいい。殺される危険がないとまでは言わないが、相手が油断していない限り、敵はそう簡単に襲いかかったりしないものだからだ。
キンドレッドのほとんど全て、おそらく90%が、本当に望んでいることはたった一つしかない。彼らはただ、放っておいてほしいのだ。残りの10%は自分がプリンスになりたがっている。この10%の簒奪者予備軍にプリンスの地位を奪わせる最も簡単な方法は、プリンスが鷹揚なところを見せたり、欲しがる物をくれてやったりして、大衆の機嫌を取ることである。敵に対してこのような態度は避けなければならない。
一つの解決策として、非常にゆるやかな、もしくは寛大な統治をしくことが挙げられる。臣民が〈六戒 Traditions〉を守っている限り、あるいは少なくとも、ちょっとした違反を自慢げにいいふらしたりしない限り、彼らには好きなようにさせておくのである。
そこまでしても、やはりプリンスの座を狙う勢力は現れる(おそらく寛大な政策を甘さと見くびるのだろう)。彼らは動き回って、全ての臣民に、とりわけ〈元老院 Primogen〉に、厳格なプリンスが褒美に与えるようなありとあらゆるもの――もっと広いなわばり、子供を創る許可、より高い地位への登用、過去の罪の恩赦――を約束して味方に引き込もうとしはじめる。
たいていの場合、やがて誰かがそういう動きがあることをプリンスの耳に入れるだろう。反プリンス派が臣民に約束できるようなものはたいてい、とっくにプリンスが気前よく与えてしまっているので、臣民にとっては反プリンス派に協力するうまみが何もないからである。自由を売って服従を買うのは狂人か愚者だけだ。
遅かれ早かれ、トラブルは起きるものだ。プリンスがいつでもどこでも現れて八面六臂の鬼神のように戦えるわけでもなければ、プリンスを補佐する保安官的人物を登用する必要がある。常にプリンスの目となり耳となり、プリンスが決断を下した後は命令の遂行者として働く、そんな者たちである。まず〈元老院 Primogen〉のメンバーから検討し、適当な候補がいなければ他のキンドレッド達から選ぶのがよい。
どうしても適任者がいなければ、アナーキー(Anarchs)もやり方しだいで良い保安官に仕立てられる。インテリ層のアナーキーは交渉に応じる可能性が高い。多少の譲歩は必要になるだろうが、彼らは自分の条件さえ受け入れられれば(たいてい彼らの活動の余地をもう少し広げること、つまり、プリンスが干渉しないことだが)協力してくれるものだ。彼らがプリンスに手を貸す理由は二通りある。一つには自分たちの立場を改善するため、もう一つは、他の誰かが今のプリンスにとって代われば、自分たちの立場はよけいに悪くなるかもしれないからだ。
それほど知的でない、ごろつきの類のアナーキーは、むしろ前者より扱いやすい。口ではどんなにプリンスとその権威を憎んでいると言っても、プリンスの部下になれると聞けば、驚くほどの変わり身の早さでチャンスに飛びつくだろう。理由はおおむね、プリンスの権威をかさにきて他人をぶちのめせるという役得があるからだ。そういう者たちに混じって話し合う時間をとって、彼らが抱えている問題を聞いてやるといい。彼らの言うことには何でも同感の意を示してやり、おもむろに、誰某があんなにうるさくなかったらいいのに、とか、何某は事故にでも遭ったらいいのに、とか漏らす。特に思慮が浅くて血の気が多いアナーキーのほとんどは、すぐに件の人物を捜し始めるはずだ。それが何者かなどとはろくに考えてみもせずに。このようにすれば、彼らの暴力のはけ口をコントロールして、自分に向かうはずだったものを、武器として利用することができる。
人間たちをコントロールすることは何より重要だ。それくらいは誰だって言う。しかし、言うは易く行うは難し、だ。
まず、人間に〈血の呪縛 Blood Bond〉をかけることには慎重を期さねばならない。〈血の呪縛〉は平均的な人間にかけた場合、おおむね愛情を喚起するが、愛について少々奇妙な理想を抱いている人間は少なくない。一ダースもの人間に、映画『危険な情事』でグレン・クローズ演じる女みたいに迫られる羽目にはなりたくないだろう? なるべく妖力(Discipline)を使うことだ。〈傀儡 Dominate〉や〈蠱惑 Presence〉が最適だが、術をかける前に心理学的知識を動員して対象の人となりをいくらかでも掴んでおいたほうがよい。〈傀儡〉で相手の本質(Nature)に反する行為を強要しつづけたあげく発狂に追い込んでしまっては後味が悪い。
プリンスが人間を直接統治できない場合、次善の策は、その街の財産家や有力者や重要人物すべてに〈傀儡〉か〈血の呪縛〉をかけることだ。街の統治はその者たちに任せるが、プリンスは彼らを操ることで間接的に街を支配できる。この筋書きには多少の利点もある。プリンスの名前はどこにも出ないので、ほとんどの人間は、街を牛耳っているのが彼であるとは思いもしないだろう。
挨拶に現れない新顔のヴァンパイアは、サバト(Sabbat)の密偵や、逃亡中のアナーキーや、通りすがりのガングレル(Gangrel)や、その他もろもろの好ましからざる存在である可能性がある。プリンスたる者、このような「もぐり」のヴァンパイアの存在は把握しておかねばならない。そうすれば何を企んでいるか推察もつこうというものだ。
手始めとして、〈仮面の掟 Masquerade〉が破られている痕跡がないかどうか調べるとよい。グールの何人かに盛り場(The Rack)など主要な餌場を監視させるのである。街のヴァンパイア全員が〈仮面の掟〉至上主義者であるか、かまととぶっているのなら別だが、ふつうはただ観察しているだけで、〈千里眼 Auspex〉すら使わずに、二回に一度はヴァンパイアを発見できるはずだ。
また、寝所に好適な場所を定期的に巡回させるのもよい。倉庫、最近買い手がついた建物、下水道、モーテルなどである。一見、多くの人手をむだに費やしているように思われるかもしれないが、サバトの隠れ家を、彼らが本格的な活動を始める前に一つでも発見できるとすれば、それだけの価値はあるだろう。
自発的にプリンスのもとへ挨拶に訪れたからといって、そのヴァンパイアが表裏のない人物とはかぎらない。必ず身元を保証できるもの(紹介状、保証人など)を要求し、徹底的に調べあげるべきである。
かつて私の領土に潜入しようとしたサバトの密偵はみな、カマリーラのネオネイトになりすましていた。「もぐり」ではかえって警戒されすぎて動きにくいからである
。誰も噂さえ聞いたことがないガングレルのネオナイトが流れてきたら、これも要注意だ。そういう者には、放浪を続けるように言っておいて、街を離れるまで監視を付けるべきである。また、戻ってくるかどうか見張らねばならない。
たとえ新入りのヴァンパイアがどれほど街に住みたがっても、納得するに足る身元保証を提示できないなら、きっぱりと次のように言い渡すべきである。「おまえは他の街をあたらねばならない。しかし、どうしてもそれが嫌なら、〈傀儡 Domination〉をかけさせてもらう。おまえの素性や属している組織、その組織がわたしに叛乱を企てていないかどうかを確かめるためである」
正体不明のヴァンパイアに対して、これが決して不当な要求でないことは、アナーキーでさえほとんどが認めるところだろう。どうせ〈傀儡〉をかけるなら、もっと突っ込んだ質問をしたいという誘惑に駆られるかもしれないが、そうしてはならない。詳しくは次に述べる。
公明正大な人物という評判を確立しておけば、いざというとき風向きを有利にする役に立つ。プリンスの人望が厚ければ、街を統治したり、味方をつくったり、敵をつくるのを避けるのがずっと容易になる。もしプリンスが、おのれ一人で領土を維持できるだけの力を持っているなら、それはそれで結構だ。しかし、そうでなければ、みなに自分の言うとおり動いてもらわねばならないだろう。人望のないプリンスは、友も、味方も、信用もないプリンスである。それどころか大勢の敵を抱えることになる。人望は、カードで手持ちのチップ全部を賭けた勝負をしていて膠着状態になった時、最後の切り札を与えてくれるようなものである。
この章の意味が理解できない者は、ゆめゆめプリンスになろうなどと思うな。
プリンスが行く先々で人々がお辞儀をしてご機嫌とりを言うのが当然のようにふるまっていたら、いずれ泣きを見るだろう。そんなことを喜んでする者は誰もいないし、中立派のほとんどはプリンスの尊大な態度に我慢ならないという理由で、反対派についてしまう。
領民がプリンスに会ってもぺこぺこしないとなると、同クランの者や、友人や、エルダー(Elder)や、より強大なプリンスからも、いささか軽んじられるかもしれない。しかし、しょせん彼らと四六時中顔を合わせているわけではないのである。蜂蜜には酢より多くの蝿がたかる、ということを忘れてはならない。
プリンスとしてヴァンパイアの世界のゲームプレイヤーとなるからには、そのルールを学ぶ必要がある。必然的に、ルールの抜け穴や、異なる解釈や、不正のやり方も知ることになるだろう。そんなものはプリンスに限らず誰もが知っている。人に対して信義を守っているからといって、通りの反対側から狙撃されたり、ノスフェラトゥに尾行されることがないとは限らない。
プリンスというものは、信義に厚いように思わせておくのも大事だが、いざという時にはそういう態度を捨て去れる気がまえを持つ必要がある。例えば「一人でいる」と言いながら手勢を控えさせておいたことに対して、相手が腹を立てたとしても、まったく気に病む必要はない。そういうことを言うのは、よほど純真であるか、単に因縁をつけるいいがかりを探しているか、どちらかだからだ。誰かがプリンスを裏切ろうとしたら、裏の裏をかいた上で、二倍も酷い報いをくれてやればよい。
プリンスは、たとえ善人でなくとも、善人であるかのように思わせねばならない、と私は口を酸っぱくして言ってきたが、だからといって評判に傷がつくのを恐れるあまり優柔不断になってはいけない。常に断固たる態度で行動するべきである。
プリンスは、ある懸案の決断に迷っているなら、誰に尋ねられても、きっぱりした口調で「考慮中である」と答え、まだプリンスに質問すべき時ではないと相手にはっきり判らせねばならない。そうして、賢明な決断をくだすにはいかに時間が必要かという話に切り替えるとよい。自分の決断には自信を持つべきだが、もし誤りだと判ったらそれを正すことをためらってはならない。何をするにせよ、手をこまねいて危機を招くようなことは、絶対に避けるべきである。
プリンスが意に反してあることをしなければならない羽目に陥ったら、他人のせいにするか、さもなければ黙ってやることだ。エルダー(Elder)、サバト、アンティデルヴィアン(antediluvian)、なんなら、ワーウルフやメイジでもいい。いずれにせよ原因をこじつける口実には困らないはずだ。万一ほかの者のせいにする適当ないいわけを思いつかなかったら、沈黙を保つべきである。ヴァンパイアというものは、確実な証拠なしに事を起こすことにはきわめて神経質かつ及び腰になる。とりわけエルダーはそうだ。
どうしても真相を話さねばならない場合は、できる限りのらりくらりと時間かせぎをしておいて、やおらすべてを一言で吐き出すことである。さもうっかり口に出してしまったという風をよそおうのがよい。たとえ真実にしろ、一瞬で漏らすことで、聞いた者がその内容に疑念を抱いてくれれば、彼らを煙に巻いて逃げ切るだけの余裕ができるかもしれない。
これは、どこの軍隊でも将校が最初に教わる鉄則である。プリンスも知っておくべきだろう。街を統治するうえで最も基本となるのは、プリンスの命令はひとつたりともおろそかにさせてはならない、ということである。
世の中は自分とは考え方も価値観も異なる人々で満ちていて、最も信頼する部下や味方といえども、どんな命令にも従ってくれるわけではない現実を認めなくてはならない。プリンスが、人々が絶対にやりたがらないことをせよと命令しなければ、そのプリンスは支配力を維持できるのである。
これを徹底する最も簡単な方法は、まず何をすべきか、誰にさせるべきかをはっきりさせておいて、当の人物のところに行って、相手の意向を尋ねることだ。相手が承諾すれば、それをするように命じるのである。もし承諾されず、相手にその命令を実行する気がないと思ったら、それはあきらめることだ。いずれにせよ相手はプリンスが自分の意見を汲んでくれたものと解釈し、自分は敬意をもって大事に扱われていると思うだろう。
プリンスの言葉は、その領土内では、法律に等しい。〈仮面の掟〉に反しない限り、いかなる命令もそれを拒むことは違法になる。理屈からいえばもっともなように思えるが、これを無視するキンドレッドは多い。
プリンスの命令に背くのは、すなわち〈六戒 Six Tradition〉に背くことである。しかし、一人のキンドレッドがある命令に従うことを拒否すると、他の者まで我も我もと言うことを聞かなくなるだろう。
もし、まだ収拾がつく状況だと思うなら、不服従は〈六戒〉違反になると警告してやればよい。手に負えない場合は、不服従者たちが従うのを拒みそうな命令を与え続け、大勢の目撃者の前で彼らが命令を拒否する時を待つ。それから処刑部隊を編成して不服従者を逮捕する。一人でいるところを押さえるのが望ましい。そしてその者が〈六戒〉に違反した証拠を突きつけ、すばやく肉体的な懲罰を執行するのである。
不服従者が拒否した命令が理にかなったものであるほど、その者を罰したことによりプリンスが失う面目も少なくてすむ。くれぐれも、泥棒を捕らえて縄をなうような失態を犯してはならない。
オリジナルテキスト | Patman's Gateway to the World of Darkness |
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原著者 | 不明 |
翻訳 | Professor |
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