吸血鬼信仰や伝説は、それなりに根拠があるといってもやはり、事実から遠くかけ離れてしまっていることが多い。ゴシック・ロマン文学が描くヴァンパイア像もまた、現実の吸血鬼信仰とは隔たりがある。

自分からあらゆる感情を捨て去ろうと苦労している者たちはまあ例外として、ヴァンパイアは感情的な魔物だ。いや、人間としての倫理観が埋め合わせるものもないまま摩滅してゆくうちに、生前よりいっそう感情に動かされやすくなっているかもしれない。もはや人間社会の常識に気がねすることもないので、ヴァンパイアは憎悪、不安、欲望、愛といった情動を赤裸々にむきだすのだろう。

本稿はヴァンパイアの恋愛心理に的を絞ったものである。恋愛はヴァンパイアが体験できる最も純粋かつ強烈で明瞭な感情だ。ロマンスの発展のしかたこそ変わってしまうが、恋する感情そのものは人間だった頃と同じなのだ。不老不死となってもその心はなお、愛したい、愛されたいという欲望にとらわれる。抱きたい、抱かれたいと。あるいは、慈しみたい、奪いたい、と。

わざわざ打ち明けるまでもないが、多くの人間が、配偶者や恋人がいないことで劣等感に悩んでいる。つまり、伴侶を得ないと一人前になれないと考えてしまうのだ。さすがに〈抱擁 Embrace〉の魔力でもこの劣等感ばかりはどうにもならないから、生前に恋人が欲しいと切実に思ったことのある者は、死後もやはり同じことを思うだろう。しかし、ヴァンパイアになってから恋人を探すのは人間だった頃よりもっと難しいし、悲劇の失恋に終わることも多くなるかもしれない。吸血鬼化したことは恋を成就させる妨げになってしまうからだ。人間たちに恋を求めるのは無理そうだ、どんな人間だって、よりによって自分の種族を餌にしている魔物を愛してはくれるまい。たとえ愛がそんな欠点を気にならなくさせたとしても、ヴァンパイアと人間がそこまで深い愛をほんとうに分かち合えば、人間のほうが恋人の正体がヴァンパイアだと気づいてしまうことは避けられない。この場合、ヴァンパイアに残された選択肢は二つしかない。死なばもろともの覚悟で〈第一戒 First Tradition〉を犯すか、恋人をグール(Ghoul)に変えるか。どう見ても後者の方が合理的で好まれそうだ。じっさい後者をとった場合、二人ともしばらくは幸福な蜜月を過ごせるだろう。しかし〈血の呪縛 Blood Bond〉の強制力があらわになるにつれ、その幸福は色褪せはじめる。遅かれ早かれ、ヴァンパイアは否応なしに気づくだろう、恋人が自分を慕うのは愛ゆえか、たんに血の呪縛のせいなのか、もはや判らなくなっていることに……いっぽうグールはやがて、望もうと望むまいと、自分にはもはやそのヴァンパイアを愛することしかできないのだと自覚する。そのような境遇に陥れた恋人への怨恨と、今となっては捨てることすらかなわない愛情の板挟みになって、おそらくは狂気の淵へ追い詰められてゆくにちがいない。必然的に二人の仲は破局を迎え、ヴァンパイアは新たな恋愛を求めてふたたび遍歴をはじめることになる。愛よりほかに心の隙間を埋めてくれるものはないからだ。新たな恋は見つかるだろうし、首尾良く相手をものにすることもできようが、新たな恋人が元恋人とはちあわせして、自分は元恋人の代わりにされようとしているのだと痛感することもよくあることだ。こうしてヴァンパイアの奴隷どうしが嫉妬から争うようになり、逃れようもない悪循環が成立するのだ。

おそらくヴァンパイアの中には、恋人をグールにした場合の末路が辛く不毛であることに未然に気づき、人間を恋愛対象として考えたがらない者もいるだろう。そういうヴァンパイアが代わりに目を向けるのが己の同族だ。心の隙間を埋めてくれる愛を、同じヴァンパイアの腕の中に見いだそうとするのである。

あいにくとヴァンパイアはひどく狭量で不実な輩だから、一途な愛情を〈血の呪縛〉に頼らずかきたてる同族を見つけるというのは、不可能に近いかもしれない。相手も同じようにひたむきな愛情を注いでくれる場合に限定すると、ヴァンパイアどうしの恋愛が成立する可能性はなおさら低くなる。稀にそれが実現した例もたしかにあるのだが、夜の子供たちの中に真の愛を見つけた者らの前途が多難であることは否定できない。

ごく端的な言い回しをすれば、恋は弱点をつくる――どんなに念入りに身を固めた鎧にもひびを入れる。ヴァンパイアが誰かに惚れるということは、他人の言いなりに操られる隙を作るに等しい。ヴァンパイアとはいつだって互いにそういう隙を待ちかまえているものなのだ。

例えば、あるヴァンパイアを意のままに動かしたり圧力をかけるのは難しいとしても、その恋人も同様とは限らない。知らないうちに恋人が何者かの魔力によって操り人形にされているということもありうる。その場合、まちがいなく恋人はそのヴァンパイアの手元から引き離され、交渉の切り札として利用されるだろう。なんといっても、当人が他の何をおいてもその恋人の身を優先するということはすでに周知の事実なのだ。直接ことを構えることなくヴァンパイアを傷つけたり意のままにしようと思うなら、まずまっさきに標的となるのは当人の恋人だろう。

ヴァンパイア同士の恋愛関係は、それ自体キンドレッド社会との軋轢を招く。もし異なるクランの者同士が恋に落ちれば、それぞれのクランのエルダーが、反目する血筋の者との仲を裂こうと圧力をかけてくる可能性がある。少なくとも、「劣等の」クランと交わったことでクラン内での面目と立場は台無しになるだろうし、最悪の場合クランの裏切り者として監視下に置かれることも考えられる。ライバルのヴァンパイアは、出世争いで先を越されたくないという一心で、カップルを二人まとめて追い落とすべく、恋人どうしが互いに競争したり対立せざるをえない状況に陥れようとするかもしれない。そこから生じる感情的葛藤や社会的混乱に当分のあいだ二人ともかかりきりにさせておけるのは明らかだからだ。

もちろんヴァンパイアの生理的な側面を除外して論じるわけにはいかない。そこで問題になるのが〈血の呪縛 Blood Bond〉だ。ヴァンパイアはとかく不実なきらいがあることで悪名高いから、恋愛関係にある二人はどちらもおそらく相手ひとすじに惚れこんでしまうことは避けたいと考えるだろう。皮肉なことだが、おそらくその双方ともが、相手に〈血の呪縛〉をかけたがる。すくなくとも自分の心だけは傷つけられずにすむように。またヴァンパイアには〈狂獣化 Frenzy〉の危険がつきものだ。それで理性を失うことは、二人の仲に恐るべき打撃をあたえかねない。

万一、二人がこうした試練――仲を引き裂こうとするクラン、愛を利用して罠を仕掛ける敵、ヴァンパイアとして生きる以上避けられない現実――を乗り越えられれば、長きにわたってそれなりに幸せな関係を築くことができるだろう。永遠にと言わなかったのはつまり、いずれ倦怠期がはじまるからだ。ヴァンパイアは移り気なことで悪名高い。その証拠に、かれらは変なところに些細なことまで異常に執着する気質をいつしか培ってゆく。艱難辛苦を経てヴァンパイアの恋人を獲得したヴァンパイアは、とかく先のことまで思い悩む心配性になりがちだ。いつの日か、自分にとって恋人がもはや熱情をかきたてる存在、闇夜にただ一つ輝く魅惑的な光明ではなくなるのではないか、と思い煩うのはいかにもありそうなことだ。

やがて、カップルのどちらかが相手に愛想を尽かす時がくる。二人同時に恋愛関係に飽きるなんて都合のいい事態は期待するだけ虫がよすぎるというものだ。おそらく、ヴァンパイアにとってこのような経緯で生まれた敵ほど恐ろしいものはない。恋心を裏切られたヴァンパイアの怨恨に比べたら、同様の目にあった人間の恨みなどせいぜい子供が駄々をこねるようなものだ。別れた恋人との確執がいつどこで起きるかわからない中で、ヴァンパイアはまた新たな愛を探しはじめねばならない。しかし、今度はいったいどこを探せばよいのだろう?

定命の人間の腕に逃げ場を求めるか? いや、その選択が誤りであることはもう明らかだ。心を開いて受けとめてくれるキンドレッドを探すか? いや、不死の恋人とは後ろ髪をひかれる思いで別れたばかりだ。メイジ、獣人、妖精、死霊などはどうだ? いや、かれらのことを少しでも知っているなら、彼らの中に生ける死者が入り込む余地がないことも判るはずだ。

おそらくはこの時点から、ヴァンパイアの精神錯乱(Derangement)は始まり、狂おしく一途な欲求を満たされる望みが絶たれたと思いこんだヴァンパイアが、かつてなく常軌を逸した域に暴走してゆくのだろう。それはまた、単なる願望がとほうもない強迫観念に変貌して、対人関係や思考のすべてをむしばんでゆく転換点ともいえる。しかし、反対にこの時点から感情的隔離が始まることもある。つまり、失恋したヴァンパイアは、物事をあまり切実に追い求めるのは全くの無駄だという信念を抱いて、求めたものが得られないという苦痛を味わう可能性をせっせと排除しだすわけだ。ある意味ではそこからヴァンパイアの感情と理性が分離してゆくといえる。感情は愛を求め、理性は愛が欲しいという考えそのものから遠ざかろうとレールを敷くのだ。

もっとも、全てのヴァンパイアがこれほど破滅的な強迫観念を抱えているわけではないし、〈抱擁 Embrace〉を受ける人間がみな「人は伴侶をもたねば完全になれない」という説を支持しているとは限らない。それを言うなら、とくに決まった相手を持たず、なんの不満もなく暮らしている者もいるし、彼らは独身であることに何の引け目も感じていないようだ。だからといって独身主義のヴァンパイアがキューピッドに愛の矢を射られて何も感じないわけではない。特定の恋愛対象を持たないということは、恋愛ゲームにうつつを抜かして、別のもっと危険なゲームが絶えず傍らで進行中なのを忘れる愚かさに、他人よりは気づきやすい立場にいるという意味なのだ。

そういうヴァンパイアがいきなり恋に落ちてしまったとしたら、きっと何時間も自問自答を繰り返しつつ、こんな風に胸の内をさらすのは果たして賢明だろうかと悩み迷うにちがいない。恋愛対象に愛憎が奇妙にないあわさった感情をつのらせ、相手がそんなに魅惑的でなければ自分も苦しまずにすむのにと呪いつつ、どうしようもなく相手のとりこになってゆく自分自身をも呪うこともあるだろう。さもなければ、片思いの相手を密かに遠くから見守るだけで満足としようと決心し、自分がそのヴァンパイアなり人間なりを好きだということを味方も敵も徐々に感づきはじめているという現実から目をそむけようとするかもしれない。あるいは、何ヶ月も一人で失意に苛まれながら、恋などという卑俗な欲望を切り捨てようとするかもしれない。しかしどうしようもなく愛しい人がそばに来るたび、その決意は粉々に砕かれるのだ。もし恋に落ちたのが歳を経たヴァンパイアで、同族につきものであるひねくれた陰謀術策のゲームに慣れっこになっているならば、同じゲームを仕掛けることで愛しいものを自分の手元に引き寄せようとすることだろう。

もしヴァンパイアの目に留まったのが人間なら、愛と受容の幻想からそのヴァンパイアは想い人を〈抱擁〉するかもしれない。これもまた、当の想い人が自分が何に成り果てたのか、そして今やどれほど固く恋人に縛りつけられているか悟ったとき、大抵はおぞましい結末を迎える。もっと不幸なのは、愛する者が他のヴァンパイアに〈抱擁〉されてしまった場合で、ただ愛しい人と言葉を交わす許可を得るだけでも、その血祖(Sire)が付ける好き勝手な条件をのまざるをえなくなるだろう。

ヴァンパイアが恋に破れて心傷つく可能性は、人の弱みにつけ込んでカモにする手管と同じぐらい数多く、ヴァンパイアが恋に勝利をおさめることは、たとえあるとしても希有な事態だ。その愛情に突き動かされればされるほど、前よりますます辛い立場に追い込まれることになる。人間にとって、愛はけっしてたやすく思い通りになるものではなく、どんなに冷静沈着で理性的な精神も、ただ愛ゆえに狂気の沙汰や自暴自棄なふるまいにおよぶことがあるのだ。ましてヴァンパイアの間では、とかく過激な行ないが当たり前のようになりがちだから、そうした行為もまた過激にならないはずがない。

いかなる源から、いかなる原因で、いかなる対象に抱くにせよ、愛とは数多の頭をもつ獣のようなものであり、そのねぐらに敢えて足を踏み入れるヴァンパイアをことごとく踏みにじる。ひとたびヴァンパイアがかくも強烈な感情のとりこになってしまったなら、当分は解放されることはないだろう。

オリジナルテキストLove Among the Damned
出典サイトSanguinus Curae
原著者Benedira
翻訳Professor