訳者まえがき:
このテキストは、ヴァンパイアの体内にも血流があり、臓器がある程度の役割を果たしているという仮定の下に書かれています。実際にはヴァンパイアの体内に血液循環はないようですし、重要臓器といえば心臓と脳ぐらいでしょうか。

翻訳にあたり可能な限り医学文献を参考にしましたが、誤解等ありましたらご指摘いただければ幸いです。


焦眉の急をひしひしと感じつつ私が調査執筆したこの論文は、我々の派閥の戦闘員から事故兵が出るのを最小限に抑え、負傷により恒久的な障害が残る確率を減少させ、なによりあらゆるカインの血をひく人々を、我々皆を隷属と堕落の淵に引きずり込もうとする輩の魔手から解放するための戦争を遂行している、勇敢なるサバトの兵士たちの生命(死命?)を保護するために重要な問題を扱っている。

太古の昔からツィミーシィ氏族は〈肉体造形〉の業を行なってきた。すなわち自然のままのありふれた形状の肉と骨を、どんなふうにも使い手の気の向くままに造り替えるのである。氏族の中でも、〈変転の道〉を信奉する求道者たちは、ヴァンパイアすら超越する形態をもとめて《造躯》による肉体改造を繰り返している。この最も真摯で高貴な氏族、サバトの偉大な要には、人間だったころ医術の腕をかわれて〈抱擁〉を受けた者が多い。そうでない者も、過去の経歴を問わず、研究と実験を通じて膨大なノウハウを蓄積している。そういう一流の熟練医師を対象としてこの論文は執筆された。

ジハドはその本質からして熾烈な生存競争だ。非情な争いでもある。派閥が敵地にしかける包囲攻略は、その目的および性質上、戦闘に参加する構成員に多大な死傷者を出すことがさけられない。読者諸賢にはどうかご承知ねがいたいのだが、筆者も戦場とはあながち無縁でもないので、この論文はけっして派閥の戦略と戦闘の現状を批判するものでない。しかしながら、そうした作戦行動に参加する我が軍の兵力の損失は、より少なく抑えることが可能であり、それにはトリアージを行ない、負傷兵を後方の安全な野戦病院に搬送し、そこで《造躯》を用いた外傷処置に熟練した外科医が治療にあたるまでの協力体制が必要である。

野戦病院における医師の役割は以下の通り。

  1. 外傷の早期治療により、負傷兵がすみやかに前線に復帰するのを助ける。
  2. 放置すれば患者に恒久的な障害を残すおそれのある外傷を処置する。
  3. 外傷処置によって患者が休眠ないし永遠の滅びに陥るのを防止する。

現代の、戦場におけるトリアージと創傷評価システムを、カイン人の生理に合わせて上記3つの目的にかなうよう応用することがのぞましい。

人員:〈肉体造形〉に熟練した医師は不可欠である。カイン人の生理と《造躯》の再建手術的な用法を熟知しており、冷静沈着な性格で、戦場というストレスを誘発する状況下においてもあるていど高水準な技術を維持できることが求められる。なお、こうした医師は《造躯》によって患者の肉体形状を「改良」することを慎むべきである。そのような戯れは能率性を低下させるだけだからだ。加えて、医師を手伝う助手が別にいれば望ましい。助手もまた、カイン人の生理はもちろん、ヴァンパイアの肉体にも適用可能な、戦場における外科的内科的処置にも精通していなければならない。戦場となった市街内ではしばしば前線が膠着して動かないこともあるため、野戦病院が襲撃された場合に備えて、いくらかの兵員が守備隊として常駐することが望ましい。

設備 :野戦病院は最前線より後方、サバトが攻囲により確保した陣地内に設置し、設備はできるだけ移動可能であるのが望ましい。しかし最前線からあまり遠すぎても、負傷兵をすみやかに搬入、治療するのが困難になってしまう。病院内には最低限でも、戦場で発生すると思われるあらゆる創傷に対処できるだけの外科手術設備、充分な血液の備蓄、人間グールから採取した移植用組織の貯蔵庫、移動X線設備、療養ベッド、輸血装置、その他医師が必要と判断した設備を有するべきである。また、病院と作戦司令本部が連絡をとれるような通信システムも必須である。通信システムがあれば、負傷者を搬送しながら病院に連絡してあらかじめ負傷者の容態を知らせることができるからだ。

戦場における外傷の一般的な種別

衝撃による外傷:この種の外傷は、通常なら負傷したカイン人が自力で対処できるものだが、戦闘時には再生が追いつかないこともある。敵に《剛力》でパンチされる、車にはねられる、爆発に巻き込まれる、鈍器で繰り返し殴打される、といった行為はみな、カイン人の肉体にそれなりの損傷を与える。潰れた組織、打撲、裂傷は、軟組織の損傷として最も一般的に見かけるものだ。処置としては、ただちに輸血を行ない體血を補充するのが最も効果的だ。これは治癒を早めることにもつながる。また、患者を鎮静させ狂乱を抑止する効果も高い確率で期待できる。この種の傷にはしばしば単純骨折、亀裂骨折、または粉砕骨折をともなう。〔骨の造形〕で骨を正しく配置すれば、骨が歪んだ形で癒着する可能性を著しく減少させることができよう。ご承知のとおり、カイン人の体内といえども、骨を正しい位置に直さなければ、完治後も身体障害を引き起こす恐れがあるのだ。

鋭利な物による外傷:この種の外傷には、刃物傷のほかギャンレルの鉤爪や白木の杭の攻撃によるものも含まれる。ふつうは軟組織の傷をさすが、血管や心臓の損傷をともなう場合も多い。衝撃による外傷と同じく、たいていのカイン人が自力で手当できる類の負傷だが、包囲戦中にしばしば発生するような乱戦状態では、そのような負傷といえども再生が追いつかない場合もままある。外科処置にあたっては、傷の奥から始めて傷口に向かって施術すること。〔肉の造形〕でまず体内の損傷した血管を修復し、次に体表の傷の処置に移る。このとき併せて腱組織を筋肉と骨に接合する処置も行なうことが多い。この種の外傷では、しばしば腱組織の裂傷を伴うからである。処置の間、継続して輸血を行なわなければならない。なお、この処置はしばしば多大な苦痛を伴うので、患者の不快感を抑えるために麻酔薬を添加した輸血用血液を用いてもよい。

銃撃による外傷:銃火器の使用は、我らサバト軍の間にも、その外道な敵軍の間にも、広く普及してきている。技術の進歩につれ、銃火器の威力も増してきた。弾薬もさまざまな新型が開発され、速射の効く銃器に装填して使用すれば、どんなに強靱なカイン人にも恐るべき威力を発揮しうる。人間の農民どもが剣と松明のみで武装した時代はすでに過去のものだ。銃創の《造躯》による修復は、患者の自己再生が追いつかない状態で、複数部位に外傷があると医師が判断した時のみ行なう。移動X線装置を用いて患者の体内に残っている弾丸ないしその破片の状態を診断する。休眠を防ぐため、ただちに輸血を開始すること。銃創のショックから生じる流体静力学性の外傷により、しばしば血管や内臓が破裂したり、着弾時に亀裂骨折を生じたりすることがある。高速で発射された銃弾ほど、粉砕骨折を引き起こす可能性は高い。長い骨がこのような骨折をした場合はたいへん厄介で、ときには《造躯》で修復しても完全に機能回復できないケースもある。特に股関節など関節が損傷した場合にこれが多い。このような外傷には、グールから骨を採取し、患者の体に適合するよう〔骨の造形〕で加工してから移植する手術がきわめて効果的である。すでにこの手術で著しい回復を見せた成功例もあり、移植骨がすでにカイン人の血に適合しているため、移植免疫による拒絶反応はまったく起こらない。また、ホローポイント弾にみられる新しい工夫により組織が壊滅的な損傷を受けている場合にも、ヒトグールの組織の移植手術が必要になることがある。特に、大血管や重要組織に危険が及ぶ可能性がある場合である。動脈組織の移植は出血を止めるため、内臓移植はその内臓を無傷な状態に復帰するために行なう。外科医はできるかぎり患者の体内に刺さっている弾や破片を全て摘出しなければならない。ギザギザ状になっていることが多く、体内に残留すると慢性的な内臓損傷を引き起こす恐れがあるからだ。

火による外傷:火は、昔からカイン人の天敵である。生理機能の都合上、カイン人の肉体は引火しやすく、火による負傷を回復しにくい。カイン人にとって熱傷は非常な苦痛を伴い、休眠や永遠の滅びにつながる可能性も高い。人間と異なり、カイン人の体組織は、炎に晒されると灰になって崩れ落ちる性質がある。したがって、重度の熱傷の治療法として最も迅速で効果的なのは、皮膚移植なのだ。

熱傷の程度を見極めることが鍵である。この場合も例に漏れず、即刻輸血が必要であるが、輸血用血液には何らかの鎮痛剤を添加することが望ましい。筋肉や皮膚の熱傷の場合、診断すべきなのは損傷の深さ、循環系の損傷、筋肉や結合組織の損傷、骨の損傷、神経の損傷の有無、熱傷部位が体表面に占めるパーセンテージである。

もし、結合組織や神経が恒久的障害が残るまでに損傷しているなら、ただちにグールの組織移植を開始しなければならない。移植手術の前に、傷口から損傷した組織を外科的手段で切除すること。移植はまず神経繊維から始め、次に損傷した結合組織と循環系の順で行なう。重要な注意点として、患者には麻酔をかけるべきだが、意識を失わせてはならない。移植組織が確実に正しく機能するように、患者が執刀医を誘導する必要があるからだ。熱傷部位へ體血の循環を回復することは、移植組織を速やかに患者の体組織に定着させるために重要である。上記の目標を達成したら、横紋骨格筋の移植を開始し、次に皮下組織、真皮、表皮の順に移植を行なう。処置を迅速に行なうため(野戦病院はしばしばそうせざるをえない状況に迫られるものだ)、前述の処置においては〔肉の造形〕の代わりに外科手術用ステープルを使用してもよい。

あらかじめ忠告しておくが、たしかに熱傷を負った筋肉など体の一部を丸ごと除去して新しいものを移植したほうが能率的な場合もある。しかし、そのようなことをすれば患者、すなわちサバトの兄弟姉妹が医者の職業倫理に置いている信頼を裏切ることになろう。最初の診断の時から、患者自身の組織を最大限に温存するため、あらゆる合理的努力をするべきである。

周知のように、この論文の要点を実現するために必要な組織活動のノウハウは、未だ我らが派閥内では未知のものといってもよい。しかし、終末の時の到来がもはや疑念の余地のないものとなった現在において、派閥の構成員の損失は、過去の戦役ではあえて許容されてきたとはいえ、現在、そして将来の作戦においては許されない。どんな駆け出しの戦術家であっても、負傷兵の治療の便宜を図る重要性ははっきりと認識しているものだ。そうすることで経験を積んだ古参兵集団が生まれ、兵士の士気が向上すれば、戦果も上がり、敵を打倒することにつながるからである。明言しておくが、筆者が考えるに、将来のサバトの包囲戦ないし遠征において、ここに述べてきたような医療体制を取らなければ、我々は激化する一方のジハドに直面しながら派閥ぐるみで自軍を不必要に弱体化させるという、事実上の反逆罪を侵すことになろう。

我らすべてにカインの加護が数多にかつ明らかにあらんことを。我らが聖なる派閥を最後の勝利の時まで守りたまえ。

――ウォルフガング・フォン・インゴルシュタット教授、ツィミーシィ氏族のコルドゥーン


オリジナルテキストVicissitude: A Treatise On The Role Of The Great Art Of Physick And Combat Surgery
出典サイトSanguinus Curae
原著者Christian Hendry
翻訳Professor