ノドの書 ― 始祖記
原註
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こ
の連で言及されている「原初の日々」については、私と同僚の手で徹底的な研究を行った。原文は紀元前の時代について語っている。〈ノドの書〉最古の断章は、シュメール時代、紀元前4500年頃の作品と推定されている。
こ
の行に現れる「私」とはオリジナルの語り手のことだと推定される。おそらくカインの物語を最初に記録した者だろう。
こ
こでの「ノド」は「未知の地」を意味する――エデン以外の土地の総称であろう。当時それらの地はまだ名付けられていなかったからだ。
ラ
テン語訳は「鋤(すき)で」と読める。本書の訳はシュメール語の原文から起こしたが、原文は単に「尖った物」の意味しかない。先史時代のスパイク状骨角器を指しているということも考えられる。まさに種を植えるために使用されたからだ。このスパイク状骨角器は明らかに牙を模しており、事実、哺乳動物の犬歯から作られることもあった――少なくともクーナン-デブリー断章とセントクレア・タペストリーにはそのように描かれている。
カ
インは本質的に農耕民族であり、その存在は神話学的には太陽王/犠牲神として位置づけられる。人物としてはイシュタル(イナンナ)神話におけるタンムズ(ドゥムジ)とよく似ている。
出
産に血を伴うのは、言うまでもなく、楽園を追放された際の呪いが原因であろう。注目すべきは、ここで初めて「血」という言葉が文中に登場することである。この語を翻訳するにあたっては、「血(blood)」と聞いて想起するものの方が、同義の「血潮(Vitae)」より原語の意味合いに近いと判断したため、前者を採った。後者は特別な効能や力をもたらすものという意味を含んでいるからだ。
「
最上の部分」はノドの書全体を通じて繰り返し現れるフレーズである。つきつめれば「粋」「精髄」とも訳せる。
こ
の箇所における「父」は、一般にアダムを指していると考えられている。
私
はできるだけ原文に忠実に訳したつもりである。カイン神話の性質からいって、このくだりからヘブライ人の神であり後にキリスト教の神となった〈唯一神〉を容易に連想することができるだろう。しかし、原文では何ら特定されていないため、下手に脚色することで要らぬ宗教論議を呼びたくなかった。
「
高みより打ちのめされた」とは落雷のことであろう。ラテン語訳によっては、これを「天より稲妻が降った」としている。
こ
の箇所の「父」も、おそらくアダムであろう。
こ
の箇所の「血」は、ほとんど「血潮(Vitae)」と同じ意味で使われている。
こ
の連には私をはじめ多くの研究者が頭を悩ませてきた。私が翻訳する限りにおいては、この連の「父」はアダムを指すと解釈し、カインを追放したのはアダムだとする説を採った。根拠は〈天に在す主〉が直接カインに語りかけたことは一度もないということである。後の本文で分かることだが、〈主〉がカインに自らの意思をを伝えるときは、かならず霊媒を通している。また、これまでの連に現れた「父」という言葉は常にアダムを指している。この点は聖書の創世記と比べきわめて対照的だが、ノドの書に限って見ればこれはこれで首尾一貫している。この物語はカイン自らが語り下ろしたものと言われており、おそらくは創世記を執筆したノアよりも信頼に足るだろう。もちろん別の解釈もあるにはある。かつてニューヨークでベケットはこの箇所がサタンを指しており、サタンこそ我らが真の「父」であると主張するサバトの構成員と接触したことがある。サバトの男はその話をしながら我が胤子ベケットをじろじろ見つめた。すると何か、ベケットには小鬼としか表現できないものが肩の上に出現した。私とベケットは大変な災難を経験した末、このヴァンパイアと二度と関わらないことに決めた。
こ
こでようやく我々に馴染みのある意味で「ノドの地」という言葉が現れる。今までのように単なる「エデンでない土地」ではなく「追放されし地」として使われている。ヘブライ語訳では「ノド」はまさしく「流浪の地」と訳されている。おそらくアダムが楽園の外に居を構え、自分とそれを囲む世界の間に境界線を引き直したからなのだろう。「ノド」とはアダムが追い出されたのと同じ荒れ野であるが、今度追い出されたのはカインというわけだ。弟殺しの件については、アダムは唯一残された息子に対しもう少し情状酌量の余地を示してもよいのではないかと思う向きもあろう。しかしアダムの言葉は「神託」を受けたものとも、あるいは激怒にかられたものとも解釈できる。あらゆるヴァンパイアの波乱に満ちた悲劇的な人生は、種そのもの起源を暗示しているという見方もできる。ベケットはこれがあらゆるヴァンパイアとその祖の関係とも相似していると言うが、私としては私とベケットの協力関係が続いていることがベケットの仮説の反証になっていると考えたい。
こ
の連はカインを「死にゆく神」としての面から見るとき極めて重要な意味をもつ。カインは闇に降りてゆくよう運命づけられ、闇の領域で多くの知恵を学ぶ。これは我々自身の死への旅立ちをも指しているのかもしれない。我々は祖から血の甘露を飲む前にまず傷つけられて死なねばならないからだ。
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