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ノドの書 ― 始祖記 7. 〈一の都〉の物語 |
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初めにカインのみが在った
カイン、[愛]ゆえに弟を[生贄とした]男。
カイン、追放されし者。
カイン、呪われて永遠に不死なる者。
カイン、呪われて血に渇く者。
我らは皆カインより生じた
カインこそ我らが血祖の血祖。
幾星霜の歳月をカインは[ノドの地で]孤独と苦悩のうちに暮らし、
永劫の歳月をさらに独りで過ごした。
しかし思い出が過ぎ去るほどにカインの悲しみはいや増した。
そこでカインは定命の人々の世界に戻ることにした。
弟[セツ、イヴの三番目の息子]と[セツの子孫たち]が築いた世界に。
カインは帰還し、歓迎を受けた。
[なぜなら、カインにはしるしが付けられていたので、
誰もカインに刃向かおうとしなかったからである]
人々はカインの力を見てカインを崇めた。
[カインは強くなり、その力は大きく、人を畏れさせ従える技に優れていた]
[そしてセツの子孫たちは]カインを自分たちの大きな都、〈一の都〉の王にした。
しかしカインには力こそあれ孤独は増すばかりであった。
カインの奥で、孤独の種が芽吹き、闇の花を咲かせた。
カインは自分の血の中に子種をつくる力を見いだした。
魔物どもを呼び出し
囁かれる知恵を聞くことによって
カインは己ひとりで子供を創る方法を学んだ。
カインはその力にめざめてゆき、それに気づきはじめたとき、側近の一人を〈抱擁〉しようと考えた。
すると見よ、ウリエルが、恐ろしきウリエルが
まさにその晩、姿を現し
カインにこう告げた。
「カインよ、汝は強大にして、神の刻印を受けし者ではあるが、このことを知らねばならない。
すなわち、汝が創る子はひとりのこらず汝とおなじ呪いを背負うだろう。
汝の血裔はみな永遠にノドの地を歩き、炎と太陽を恐れ、血だけを啜り、灰のみを喰らうだろう。
彼らは父の妬みの種を受け継ぐがゆえに、常にお互いに悪巧みやいくさをしかけて争うであろう。
義しく歩こうとしているアダムの孫たちを破滅させてはならない。
カイン! 汝の恐ろしき〈抱擁〉を思いとどまれ!」
しかしカインは為さねばならない事を心得ており、そのときエノシュという名の若者で、セツの一族の中で最も寵愛されていた男が、どうか自分を胤子にしてほしいと闇の父に懇願した。
そこでカインは、ウリエルの言葉を気にかけながらも、エノシュを掴んで、闇の〈抱擁〉に包み込んだ。
かくして、カインがエノクという息子をもうけたことになり、それゆえ〈一の都〉はエノクと名付けられたのである。
やがてエノクは弟と妹が欲しいと乞うたので、子に甘い父カインはきょうだいを二人創ってやった。
妹の名はチラ、その血をカインが最も好んだ娘であり、
弟の名はイラド、カインの片腕として仕えていた武人であった。
しかしこのカインの血族は、自分自身の血裔を創る術を身につけると、深く考えもせず、さらに多くのセツの一族を〈抱擁〉した。
そこで賢きカインは言った。「このような罪を重ねるのはもう終わりにしよう。血族はこれ以上増えてはならない」
カインの言葉はすなわち掟だったので、同祖子らは彼に従った。
都は多くの歳月を経て、強大な帝国の首都になった。
カインは自分を良く思っていない人々と交わるようになった。
[セツの一族]はカインを知り、カインの方もまた彼らを知った。
しかし世界は罪で暗くなった。
カインの子らがここかしこに徘徊し、暗い所業をほしいままにした。
みずからの子らが相争うとき、カインは怒りを感じた。
子らが舌戦を交わすとき、カインは欺きを見いだした。
子らが[セツの一族]を酷く扱うとき、カインは悲しみを知った。
カインは暮れゆく空に予兆を読みとったが、何も言わなかった。
やがて大洪水が来て、大水が全世界を洗い流した。
都は滅びた。
それと共にセツの一族も。
カインは深い悲しみに沈み、ふたたび隠棲に戻っていった。
我らカインの血裔は、依るべきものとてなく後に残された。
我々が長い探索の末カインを見つけたとき、
彼は地の底深くにいて、我らに「去れ」と命じた。
「あの洪水は罰だったのだ、
私が生者の世界に戻り、まことの法を破ったゆえに下されたのだ。
どうか行ってくれ、私が眠れるように」
そこで我々はカインを伴わずに引き返し、ノアの一族と出会い、
我らこそ新しい支配者であると宣言した。
カインの栄光を我がものにせんとて
めいめいが一群の同祖子を創ったが、
我らにはカインの知恵も統率力もなかった。
大きな戦乱が起こり、長生者とその胤子らが、
まさしくウリエルの予言した通りに戦い、
そして胤子らは己の血親を屠った。
彼らは炎と杭、剣と鉤爪を手に蜂起して。
己を創りし者どもを滅ぼしたのである。
そして反乱者たちは新しい都を築いた。
滅びた帝国から、大戦の折散り散りになった十三の氏族(クラン)を結集して、ひとところに連れてきた。
彼らが連れてきたのは、
王家のクラン[ヴェントルー]、
獣のクラン[ガングレル]、
月のクラン[マルカヴィアン]、
隠密者のクラン[ノスフェラトゥ]、
放浪者のクラン[ラヴノス]
薔薇のクラン[トレアドール]
夜のクラン[ラソンブラ]
造形者のクラン[ツィミス]
蛇のクラン[セタイト]
死のクラン[ジョヴァンニ]
癒し手のクラン[サウロト]
狩人のクラン[アサマイト]
学者のクラン[ブルージャ]である。
彼らは美しい都を造り、民衆は彼らを神々として崇めた。
彼らは新たに自らの血裔を創った。
すなわちカイン一族の第四世代である。
しかし彼らはジハードを、ウリエルの予言を恐れ、みずからの胤子らには同族を新たに創ることを禁じた。
その力は祖らのみのものとされた。
胤子が創られたときには、その血祖ともども狩り殺された。
遠く離れていてさえも、我らはカインの油断なき片目に見張られているのを感じた。カインは我らの行いと態度を記録しているのだと我らは知った。
カインは[マルカヴ]がカインについて穢しごとを言ったとき、この男を呪って、永劫に正気を喪う運命を与えた。
[ノスフェラトゥ]がおのれの胤子から背徳の快楽を味わっていたのを見つけられた時、カインは片手を[ノスフェラトゥ]の上に置いて、「汝は永遠におのれの邪悪さを身にまとうがよい」と言い、その顔を醜く歪めてしまった。
我々がカインの最初の胤子たち、第二世代を一人ずつ追い詰めて殺したとき、カインは我々みなを呪った、麗しのチラ、剛勇のイラド、最初の統治者エノクを殺した罪で。
そこで我らは呪われし者みなのために嘆き悲しんだ。なぜなら我らはみな同じ種族であり、みなカインを祖先とする家族だったからである。
その都はカインのものに劣らず繁栄したが、やがて老い衰えた。
生きとし生けるものがそうであるように、都も緩慢に死のうとしていた。
初め、神々は真実を見ようとしなかった。
ようやく彼らが辺りを見回したときには、もう遅すぎた。
なぜなら、ウリエルが告げたように、蒔かれた悪の種子が血の赤の薔薇となって花開き、ブルージャの胤子の胤子のそのまた胤子である[トロイレ]が反逆を起こして、太祖ブルージャを殺したのだ。
さらにはその肉を喰らったのだ。
そして戦が起こって都は滅び、前と同じであるものは何一つなくなってしまった。
十三人の太祖は、都が滅び、自分たちの権力が消えたのを見て、やむなくそれぞれの血裔らを連れて逃げ出した。
しかしその多くは逃避行なかばで殺された。彼らの力は弱まっていたからである。
太祖を畏れることもなくなったので、誰もが勝手に同祖子を創り、まもなく多くの新しい血族が生じ、大地の面あまねくところを支配した。
けれどもこの治世は長く続かなかった。
時が経つにつれ、血族の数はあまりにも多くなりすぎたので、またもや戦が起こった。
長生者らは用心することを学んでいたので、すでに奥へ隠れていた。
しかし胤子らは自分の都や同祖子を創っていたので、この大いなる戦渦で殺されたのは、この者たちであった。
壮絶な戦であった、それゆえ今やこの世代の誰一人として、みずからについて語る者はいない。
生ける人の波が海を渡り、血族の都を打ち壊し、焼き滅ぼした。
定命の人間らは、自分たちが自分の戦を戦っていると思っていた。
しかし我々のためにこそ彼らの血は流されたのである。
この戦が終わったとき、すべての血族は互いに見つからぬよう隠れた。
自分たちをとりまく人間たちからも隠れた。
こんにちなお、我々は隠れつづけている。
ジハードはまだ終わらないから。
それに、誰にわかろう、カインが地中の眠りより覚め、再び起きあがって、ゲヘナの都、最後の都、裁きの都を呼びいだす日が、いつ来たるのか。
ジハードはまだ終わらない。
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